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石原裕次郎のすべて



石原裕次郎(1934-1987)は、日本の俳優・歌手。石原軍団とか、兄の元東京都知事で作家の石原慎太郎も有名ですね。

生まれは神戸ですが、父親の仕事の都合で幼くして北海道に転勤、その後は神奈川県に住んでいたようです。

お兄さんの慎太郎は一橋大学法学部卒業ですが、裕次郎は慶応義塾大学法学部に入学。大学在学中の1956年に、お兄さんの慎太郎が発表した「太陽の季節」という小説が芥川賞に輝き、同年、映画化されるんですが、その映画「太陽の季節」で裕次郎は俳優デビューします。

この時、兄の慎太郎とプロデューサーだった水の江滝子(みずのえたきこ)の推薦で、裕次郎は主人公の友人役として出演。以後、俳優として日活に入社して、慶應大学は中退します。

ちなみに、「太陽の季節」の主演は、女優の南田洋子と、俳優で津川雅彦の兄でもある長門裕之です。長門と南田の2人は、この作品がきっかけで出会い、後に結婚します。ほかには岡田眞澄さんかも出演してます。

 

そして、再び兄の慎太郎が同年に発表した小説「狂った果実」が、驚くべきことに同年の、しかも小説発行の2日後に映画化され公開されたようです。(Wikipedia参照)どうやら小説執筆時から既に映画化の話が進んでいたようですね。それにしても、小説とほぼ同時公開ってすごいですよね(^^;

この映画「狂った果実」で、やはり慎太郎の強い推薦のもと、いよいよ裕次郎が主演をはります。共演は、後に裕次郎の奥さんとなる、北原三枝(結婚後は石原 まき子)。共演者には、ほかに前作に主演した長門の弟、津川雅彦などがいます。

日活公式YouTubeチャンネルの「狂った果実」↓

「狂った果実」で裕次郎は一躍スターとなり、さらに同年に数本の映画に出演。翌年も5作以上の映画に出演後、ヒット映画「嵐を呼ぶ男」に主演。これで本格的な大人気俳優となります。

さらに映画と同題の主題歌「嵐を呼ぶ男」も裕次郎が歌いヒット。石原裕次郎の初ヒット曲となり、歌手としても成功していきます。

 

ちなみに映画「嵐を呼ぶ男」で北原三枝が演じたヒロイン役の女性マネージャーというのは当時まだ、めずらしい存在だったようで、モデルとなった渡辺美佐(わたなべ みさ)さんという女性は、なんと後にナベプロ(渡辺プロダクション)と呼ばれる有名な芸能プロダクションを実際に設立して社長になっちゃったという人なんだそうです。

日活公式YouTubeチャンネルの「嵐を呼ぶ男」↓


その後も裕次郎は1年で多いときには10本もの映画に出演していたようです。すごい数ですよね!ちなみに日活は、裕次郎が当たったことを機にアクション映画の製作に力を入れていったそうです。

その中でも特に有名なものを紹介しておくと、1962年の映画「銀座の恋の物語」、同年の「憎いあンちくしょう」、翌1963年の「何か面白いことないか」と「太平洋ひとりぼっち」、1967年の「夜霧よ今夜も有難う」、1968年「黒部の太陽」、1970年「待ち伏せ」と、結構かいつまんだんですが、それでも結構ありますね(^^;

 

映画「銀座の恋の物語」(1962)は、映画化の前に、まず前年1961年に発売された石原裕次郎と牧村旬子がデュエットした同題の歌謡曲が大ヒットしたことをうけて、製作された映画なんですね。

主演は石原裕次郎と浅丘ルリ子。この2人が主演している映画は数多くあります。

ちなみに、僕が初めて観た裕次郎の映画は、この「銀座の恋の物語」でした。WOWOWで裕次郎特集やってたのか、テレビで放送してたのを見たんだったかな?

「太平洋ひとりぼっち」は、実際に海洋冒険家の方が出版した手記を元にした映画です。監督は市川崑で、主演はまたまた裕次郎と浅丘ルリ子のコンビです。ほかには田中絹代やハナ肇なんかも出演しています。

僕がこのタイトルを知ったのは、たしかテレビでchage and ASKAのチャゲさんがギャグがスベッた時に「俺だけ太平洋ひとりぼっちじゃんか」みたいなことを言っていて、知りました(笑)たしか当時は他にも同じように使っていた人がいたような気がします。まあ、このタイトルにかけたのかどうかは不明ですが、それだけ認知されたタイトルということなんでしょうね。

 

あ、ちなみに石原軍団と呼ばれる石原プロモーション(石原プロ)の設立は1963年で、映画「太平洋ひとりぼっち」は石原プロモーションが製作した記念すべき劇場映画第1弾なんだそうです。

今は石原軍団といえば、渡哲也、舘ひろし、神田正輝、徳重聡などが代表的ですが、石原プロには当時、浅丘ルリ子や黛ジュン、寺尾聰なんかも所属していたんですね。もちろん、かつては裕次郎の甥にあたる石原良純も所属していました。

さて、1967年には裕次郎のヒット曲の1つ「夜霧よ今夜も有難う」というタイトルの歌謡曲が発表されてヒットします。その1ヶ月後には同題の映画「夜霧よ今夜も有難う」が公開。こちらも面白い映画でした。

主演はまたまた石原裕次郎と浅丘ルリ子。面白いのは、この映画、実は1942年にハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマン主演で公開されたアメリカの名作「カサブランカ」の日本版リメイクなんですね!

比較しながら見るのも楽しいでしょう♪たいていハリウッド映画を日本版にリメイクすると陳腐な感じになるのですが、この作品は裕次郎のカリスマ性があったのか、結構よくできていて楽しめました♪もちろん原作映画には敵いませんが。

ちなみに、この「夜霧よ今夜も有難う」は僕が知っててカラオケで歌える唯一の裕次郎ソングです(笑)

日活のYouTube公式チャンネルにあった「夜霧よ今夜も有難う」↓

僕はこの作品をテレビで見たんですが、立て続けに裕次郎映画を観てるってことは、やっぱりWOWOWで石原裕次郎特集か何かをやってたのかな?

実は、三船敏郎の作品もWOWOWでたくさん観て、録画してブルーレイ化できましたが、こういうふうに、黒澤明とか裕次郎とかの特集をやってくれると、これまで観たかった人の映画が買わなくても一挙に録画できて、ブルーレイやDVDにダビングしてコレクションに加えることができるから、お得ですよね~☆

さあ、石原裕次郎については、あと2作に触れておきましょう。まずは1968年に公開した映画「黒部の太陽」ですね。

 

この映画は、石原裕次郎がどうしても映画が作りたいという強い熱意の元、多額の製作費をかけて実現した作品です。

主演は、あんと三船敏郎と石原裕次郎という日本の2大スターが共演を果たしています。三船プロダクションと石原プロモーションの共同制作ですね。あまりに費用がかかるため、裕次郎は俳優の宇野重吉に助けを求めたところ、全面協力を得られたため裕次郎は宇野重吉を後々まで慕ったといわれているようです。ちなみに宇野重吉は寺尾聰の実の父親ですね。

ほかに宇野重吉、寺尾聰、志村喬、高峰三枝子らが出演しています。興行的にも大ヒットだったようですが、いかんせん製作費がかさんで石原プロの財政を圧迫したとも言われているようですね。

その後、1970年には、今後は三船プロダクションが製作の映画「待ち伏せ」に石原裕次郎が出演します。

さらにこの映画には、勝新太郎、浅丘ルリ子、中村錦之助、北川美佳(タレント三船美佳の実の母)ら、そうそうたるメンバーがキャスティングされて話題になりました。

その後、(一部報道では映画での経済難を脱出するために渋々承諾した)テレビの世界にも進出し、ドラマ「太陽にほえろ!」シリーズ(1972~1986年)や、「大都会」シリーズ(石原裕次郎×渡哲也×倉本聰)、「西部警察」シリーズ(1979~1984年)が人気を博しましたね。

特に「太陽にほえろ!」シリーズは、今でもよくお笑い芸人がネタにしていたりしていますね。特に出演していた松田優作(ニックネームはジーパン)の「なんじゃこりゃ~!」というセリフはよく聞きます。

Victor公式YouTubeチャンネルにある「太陽にほえろ!」のテーマソング


他にも、渡辺徹、萩原健一(マカロニ)、三田村邦彦、世良公則、竜雷太(ゴリさん)、小野寺昭、山下真司(スニーカー)、地井武男、石原良純(マイコン)、渡哲也、浅野ゆう子(チャコ)、神田正輝、舘ひろし、峰竜太など、数多くのスターを輩出&そうそうたるメンバーが出演していましたね。

「西部警察」も渡哲也、舘ひろし、寺尾聰、峰竜太、三浦友和、古手川祐子など豪華キャストが出演していた大人気シリーズでこちらもテーマソングやポスターを見ればすぐにわかると思います。

ポニーキャニオンの公式YouTubeチャンネルにある「西部警察」↓


ちなみに石原裕次郎は、初めて記者会見を行った芸能人だとか、正月にハワイへ行く芸能人の先駆けとなった人とか、初めて俳優が歌番組に出演しただとか、日本で力道山と三橋美智也の3人しか所有していないと言われたメルセデス・ベンツ 300SLが愛車だったとか、いろいろ伝説を持っています。う~ん、まさにスター☆

 

 
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