クローデット・コルベール(, 1903-)は、フランス出身の女優です。
◆フランク・キャプラは、元気をくれる映画第1位に輝いた名画「素晴らしき哉、人生!」の監督☆
フランク・キャプラ監督はハリウッドの黄金期に活躍し、映画史上最も多くの人々に愛され続けている名画を残してくれた、イタリアはシチリア島出身の天才映画監督です。
代表作には、アメリカ映画協会(American Film Institute, AFI)が2006年に選出した「元気が出る映画(100 Cheers)」で第1位に輝いた「素晴らしき哉、人生!」など、以下3作が特にオススメです。
ちなみに、このドナ・リードとジェームズ・スチュワート主演の「素晴らしき哉、人生!」はアメリカで今でも毎年クリスマスになると流れる程定番の大人気映画となっています。(AFI選定の映画100選シリーズについてはこちら)
僕は落ち込んだ時や寂しくなった時には必ずと言っていい程、不思議とフランク・キャプラ監督作品の映画を手にとって観ています。そのくらい、元気をくれる映画がたくさんあり、希望をくれる映画、勇気をくれる映画が多いです☆
すごく不思議なのは、映画ファンでもない限りは、日本ではあまりこの映画監督の名前が有名ではないのですが、世界的にキャプラ映画は愛されており、スピルバーグをはじめ、現代巨匠と呼ばれているの映画監督のほとんどが尊敬しており、ファンでもあると公言しているくらいです。
少しだけどんなお話か紹介すると、
「素晴らしき哉、人生!」(1946)は、とある男が絶望のあまり自殺しようとしているところを2級天使と名乗る老人に助けられます。そして、仮に自分が存在していなかった場合の世界を見せられ、1人の人間がいかに世界に影響を与えているかを知ることになるという感動の1作です。
僕は一番のオススメ映画は何ですか?と聞かれると、この作品を挙げています。
ちなみに、「素晴らしき哉、人生!」は、以前スカパー!で放送されたようですね☆
突然穴埋めとして政治家にさせられてしまった青年が自分の守りたい正義を貫くために海千山千のベテラン議員達を相手に奮闘する物語で、信念を貫く大切さを描いているサクセスストーリーのお手本のような感動作です。
ちなみに、「スミス都へ行く」は一時期Hulu(フールー)で配信されていました☆今後もキャプラ監督作品が配信されるかもしれませんね♪
主演はゲイリー・クーパーとバーバラ・スタンウィックです。
その他、アカデミー賞受賞作品の以下3作品などもあります。
ちなみにAFI(アメリカ映画協会)が公開してる映像で、フランク・キャプラが上記3度のアカデミー監督賞を受賞した際の映像も残っていますので下に動画で紹介しておきますね。
あ、動画の最初の男性はキャプラでなく「或る夜の出来事」で主演男優賞を受賞したクラーク・ゲーブルですよ。
「オペラハット(Mr.Deeds Goes to Town)」で受賞した際には、司会者がタイトルを間違えるというハプニングも(笑)
また、ゲイリー・マーシャル監督、リチャード・ギア主演で「愛の立候補宣言」というキャプラ監督作品をリメイクするという話も一時期ニュースになったことがあります。
上記のとおり、キャプラ監督はなんとアカデミー監督賞を3度も受賞しているだけでなく出世作の「或る夜の出来事」では5部門も受賞しています。
ちなみにこのクラーク・ゲーブルとクローデット・コルベール主演の「或る夜の出来事」はスクリューボール・コメディの元祖として多くの映画に影響を与えています。
また、キャプラ監督は1935年から4年間アカデミー会長も務めています。
映画「或る夜の出来事」は、以前WOWOWのアカデミー賞特集の中で放送されたことがあるようです。
「当りっ子ハリー」 (1926年)
「力漕一挺身」 (1927年)
「初恋ハリイ」 (1927年)
「Say It with Sables」 (1928年)
「So This Is Love?」 (1928年)
「サブマリン」 (1928年)
「闇を行く」 (1928年)
「呑気な商売」 (1928年)
「陽気な踊子」 (1928年)
「渦巻く都会」 (1928年)
「空の王者」 (1929年)
「ドノヴァン」 (1929年)
「The Younger Generation 」(1929年)
「Rain or Shine」 (1930年)
「希望の星」 (1930年)
「大飛行船」 (1931年)
「奇蹟の処女」 (1931年)
「プラチナ・ブロンド」 (1931年)
「たそがれの女」 (1932年)
「狂乱のアメリカ」 (1932年)
「風雲のチャイナ」 (1933年)
「一日だけの淑女」 (1933年)
「或る夜の出来事」 (1934年)
「其の夜の真心」 (1934年)
「オペラハット」 (1936年)
「失はれた地平線」 (1937年)
「我が家の楽園」 (1938年)
「スミス都へ行く 」(1939年)
「群衆」 (1941年)
「毒薬と老嬢」 (1944年)
「素晴らしき哉、人生!」 (1946年)
「愛の立候補宣言」(1948年)
「恋は青空の下」 (1950年)
「花婿来たる」 (1951年)
「波も涙も暖かい」(1959年)
「ポケット一杯の幸福」(1961年)
作品年表については、もうひとつ、なんとフランク・キャプラ監督が活躍した時期は偶然にもチャップリンとエルンスト・ルビッチとビリー・ワイルダー監督という僕の大好きな、というか映画史上最も偉大な4人の天才が同時期に活躍したというすごい時期なんですね。
そういう意味でキャプラ監督だけでなく、チャップリン、エルンスト・ルビッチ、ワイルダーも合わせた4人の代表作品年表も作成しましたので興味のある方はぜひ参考に見てみて下さい。
(画像をクリックすると別ウィンドウで拡大表示します)
・フランク・キャプラの人生年表
(画像をクリックすると別ウィンドウで拡大表示します)
◆フランク・キャプラ監督に関するトリビア☆
・貧しい家庭に育ち、6歳で家族と共にロサンゼルスに移住するも、バンジョー弾きや新聞の売り子、大学卒業後は詐欺まがいの職業など様々な職歴を経て映画監督への道へ歩みだす。
・フランク・キャプラ監督作品では、ハッピーエンドが多く甘い感じがするという特徴から、よく’キャプラ・コーン’などといって批判する人もいたそうです。 ・まだあまりハリウッドで監督として有名でなかった頃に「或る夜の出来事」の主演女優クローデット・コルベールがキャプラを批判するようなことをクラーク・ゲーブルに話したところ、ゲーブルは非常にキャプラを買っていたらしく「何を言っているんだ!?あのイタリア人監督はなかなか素晴らしいよ!」と言い返したらしい。 ・「或る夜の出来事」で使われたセリフに”ジェリコの壁”という単語が出てきますが、同じ単語がエヴァンゲリオンでも出てくる。まあ、もとは旧約聖書にも出てくる世界最古の町の名前で「絶対に崩れない物」の喩えとされているそうですので2つの作品に関連はないかもしれませんが。 ・「素晴らしき哉、人生!」が登場する映画としてエディ・マーフィ主演「デイブは宇宙船」、三谷幸喜監督「ステキな金縛り」等がある。 ・「或る夜の出来事」がアカデミー賞をとった際のことが話題として出てくる映画にアンジェリーナ・ジョリー主演、クリント・イーストウッド監督の「チェンジリング」がある。 ・カリフォルニア工科大学時代にはエンジニアリングを学んでいる。 ・息子さん(フランクキャプラJr)は映画プロデューサー。 ・ジョージ・スティーブンス、ウィリアム・ワイラーらと共に製作会社リバティ・ピクチャーズを1945年に創設したが後にパラマウント映画に吸収された。 ・戦後という時代の波長と合わなかったためか「素晴らしき哉、人生!」は実は公開当時、興行的には失敗という結果だった。 ・1925年に、あのチャップリンの映画デビューにも関わった人物でコメディ映画の巨匠マック・セネットと出会っている。 ・キャプラ作品の「失われた地平線」に出てくるシャングリ・ラという街の建物セットは、著名な建築家フランク・ロイド・ライトのコンセプトをもとにして作られたらしい。 ・東京の帝国ホテルにて淀川長治さんと対談しているんですね。チャップリンとも個室で2人きりで逢ってたりしてるみたいだし、淀川さん凄すぎ(笑) ・フランク・キャプラの出生地であるイタリアのシチリア島は同じく映画監督のジュゼッペ・トルナトーレ(「ニューシネマパラダイス」「海の上のピアニスト」などの監督)の出生地でもある。 ・「黒澤明が選ぶ100本の名作」(文藝春秋の企画)の22位に「素晴らしき哉、人生!」がランクインしています。 ・スティーブン・スピルバーグはあるインタビューの中で映画撮影に入る前に必ず4本の作品を観る。その4本とは「七人の侍」「アラビアのロレンス」「捜索者」そして「素晴らしき哉、人生!」だ、と言っていたそうです。 ・第10回AFI功労賞(AFI’s Life Achievement Award)の受賞スピーチをするキャプラ↓ |
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