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メアリー・ピックフォードのすべて

メアリー・ピックフォード(Mary Pickford、1892年4月8日 – 1979年5月29日)は、カンダのトロント出身の女優です。
 
サイレント時代に「アメリカの恋人」と呼ばれた程ハリウッドで大人気だった女優で、D・W・グリフィスに認められて女優として開花しました。チャップリンとも親交があり、俳優ダグラス・フェアバンクスと結婚していた時期がありました。
 
また、上記4人でユナイテッド・アーティスツという映画会社を設立しています。チャップリンのページでも書きましたが、この会社はメトロ・ゴールドウィン・メイヤーに吸収されてはいますが今も残っており、2006年から2008年の間はトップにトム・クルーズが就任していました。
 
メアリー・ピックフォードは、小柄ながらとてもパワフルな女性で、初めて年100万ドルを稼いだ女優と言われています。
 
さらに「メアリー・ピックフォード・カンパニー」という自身のプロダクションを設立し、自分自身で自分の主演映画を製作した初めての女優でもあります。
 
もともとは子役として活躍していて、ニューヨークに来てからはブロードウェイの舞台にも出演していたようです。
 
今でいうところのダコタ・ファニングや芦田愛菜(あいだまな)ちゃんみたいな感じかな?(笑)
 
そしてなんといっても、メアリー・ピックフォードの一番の功績はエルンスト・ルビッチ監督を見出し、ドイツからハリウッドへ招いたということでしょう。ルビッチはビリー・ワイルダーの師匠でもあり、数々の名作を残してくれた天才監督です。
 
もちろんメアリー・ピックフォード自身も、ルビッチ監督作品「ロジタ」に出演しています。「ロジタ」は1924年度キネマ旬報「娯楽的に最も優れた映画」で第10位にランクインしたそうです。
 
また「コケット」という映画では、アカデミー主演女優賞に輝きました。他にも「」「小米国人」「小公女」「青春の夢」「じゃじゃ馬ならし」などに出演しています。
 
ただ、探したんですが「コケット」はAmazonにも楽天にもDVD売ってないみたいですね・・・。ぽすれんやツタヤ・ディスカ、楽天レンタルにもおいてない・・・。なぜなんでしょうね?もはやBSなどで放送されるのを見るしかないか。。
 
そして、83歳の1975年にはアカデミー名誉賞を受賞。引退後もプロデューサーとして活躍するなど精力的な一生を送りました。
 
彼女が残した言葉で、「”failure” is not the falling down, but the staying down.」というのがあります。(「失敗というのは、転ぶことではなく、転んだまま起き上がらないことです」)こちらも名言として有名な言葉ですね。
 
彼女の人気ぶりは、メアリー・ピックフォードというラムベースのカクテルがあったり、日本では作家の谷崎潤一郎が「痴人の愛」という小説で名前を取り上げていたりすることからも世界中で愛されていたことがわかります。
 
ちなみにチャップリンの自伝映画「チャーリー」の中でも、ちょこっと登場してます。もちろん本人ではなくピックフォード役の人が演じてますが。
 
生涯で3度結婚し、3度目の結婚は死ぬまで続いたようです。2度目の結婚がダグラス・フェアバンクスとだったのですが、こちらも離婚したとはいえ16年間も続いていたんですね。
 
メアリー・ピックフォードの写真は、Wikipediaに載ってる写真がかわいいです。(2014年4月現在)
 
あとはIMDbで何枚か見れます。チャップリンと一緒の写真やユナイテッド・アーティスツ設立時の4人の写真などもありますよ♪
 
↓その他何枚かメアリー・ピックフォードの写真を探してみました♪

 
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D・W・グリフィスのすべて

グリフィスD・W・グリフィスは、アメリカはケンタッキー州出身の映画監督です。
 
英語表記ではDavid Wark Griffith、1875年1月22日に生まれて1948年7月23日に亡くなりました。時代的にはチャップリンより15才近く年上ですね。よく「映画の父」なんて呼ばれます。
 
それもそのはず、映画が発明されたのが、だいたい1900年ですから本当に映画の歴史の初期に登場した監督ということになります。
 
もっともグリフィスは最初、旅役者であり脚本家であったようです。やがて生活が苦しくなり映画のエジソン社に役者として雇われます。監督デビューはその後バイオグラフ社というところにスカウトされてからです。
 
え?ウソでしょ?エジソン社?と思われた方もいるかもしれません。そうです、あの電球の発明で有名なエジソンは映画の発明にも深く関わっていたんですね。
 
19世紀の後半頃には、アメリカやフランスなどが写真技術を応用して映画につながる技術を研究・開発していましたが、1893年にエジソンが箱の中をのぞくと動画が見られるという映写機(キネトスコープ)を公開。
 
さらにフランスのリュミエール兄弟が箱の中の動画をスクリーンへ写すシネマトグラフ・リュミエールという機械を発表しました。これがいわゆる映画の起源と言われています。
 
その後、世界初の物語構成のある映画「月世界旅行」を、フランスの元マジシャンのジョルジュ・メリエスという人が制作しました。この人、実は手作業で色づけをするという荒業ではありますが、すでにこの時代にカラー映画の制作もしていました。ちなみに、「月世界旅行」の映像はWikipediaで見ることができます
 
さあ、話をグリフィスに戻しましょう。僕は大学で映画史の授業をとっていたのですが、その時に、まずグリフィスの「國民の創生」と、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の「戦艦ポチョムキン」を学んだ記憶があります。
 
この2つがなぜ有名なのかと言うと、なにも映画の歴史の初期の段階の作品だからだけではありません。これらの作品は単なる動画ではなく、人の感情や場面の意味をカメラの撮り方で表現するという手法を使っていたものだったからなんですね。
 
クローズアップ手法だとか、モンタージュ理論といって1シーンを様々なアングルから撮るような手法が有名です。
 
映画史というからには、ハリウッドの全盛期にマリリン・モンローやシナトラが活躍した時代の映画が見られるのかな?なんて考えていた当時の僕は、いきなり「戦艦ポチョムキン」やらモンタージュ理論やらと聞かされて、だいぶ面食らった記憶がありますね。たしか単位はギリギリとれたかと思いますが(笑)
 
代表作としては、1915年の「國民の創生」、1916年の「イントレランス」、そして1919年に発表した「散り行く花」の3本でしょう。もちろんサイレント映画です。
 

 
特に当時のソ連の政治家ウラジーミル・レーニンは、「イントレランス」に感銘し、グリフィスをソ連の招待したといいます。
 
 
これでグリフィスが、映画の初期時代に貢献したのはわかっていただけたかと思いますが、それだけではありません。ここからが面白いところです。
 
グリフィスを師と仰いでいた人気俳優と女優がいます。それが、ダグラス・フェアバンクスとメアリー・ピックフォードです。
 
ダグラス・フェアバンクスといえば当時ハリウッドでNo.1のスター俳優でチャップリンとも交友関係にありました。また、メアリーもカナダ出身の人気女優で「アメリカの恋人」と親しまれ、初めて100万ドル稼いだ女優として有名です。ちなみに、この2人はお互いイロイロあった末、結婚して、離婚しています。
 
FAQページにも書きましたが、この4人、つまりグリフィスとダグラス、メアリ、そしてチャップリンで、なんと映画会社を設立するんですね。ユナイテッド・アーティスツという会社です。
 
まさにオールスター映画人が勢ぞろいして作った夢の会社ですね。
 
今でいうならスピルバーグとゲフィンとジェフリー・カッツェンバーグが作ったドリームワークス社みたいな感じ?そんなユナイテッド・アーティスツ社は現在パラマウントに買収されて傘下となっています。2006年にはトム・クルーズが実質的な経営者として映画製作を手がけていたりもしてました。
 
ユナイテッド・アーティスト設立時の写真はこちらのページで見ることができます。(左から、ダグラス、メアリー、チャップリン、グリフィスです)
 
先程、あげたグリフィスの代表作の1つ「散り行く花」はユナイテッド・アーティスツ時代に発表された作品です。なんとなんと、あの黒澤明監督が選んだ100本の名画のうち堂々第1位の映画として選出されております。ちょっと見たくなってきたでしょ?(笑)
 
映画解説でおなじみの淀川長治さんもグリフィス作品の中で一番と称しています
 
原題は「BROKEN BLOSSOMS」。直訳すると「壊れた花」ですね。主演は、リリアン・ギッシュという超美人女優と、俳優で映画芸術科学アカデミーを創立した36人の会員のうちの1人でもあるリチャード・バーセルメス。
 
リリアン・ギッシュは「國民の創生」にも「イントレランス」にも出演しています。メアリー・ピックフォードにグリフィスを紹介されて以来、一生涯グリフィスを敬愛していたといわれています。(リリアンの写真はこちら)
 
散り行く花」は、日本でも1922年に上映されていますが、配給は大正活動映画社というところが行ったらしいです。この会社は谷崎潤一郎さんなんかが関わっていたらしく、谷崎さん脚本・原作の映画が何本か公開されていますね。
 
ほかにもグリフィスに影響を受けた人は多く、Wikipediaによると、藤子・F・不二雄先生の「キテレツ大百科」にもグリフィスの「イントレランス」が登場してるみたいです。さすが。
 
2回女優と結婚して、2回とも離婚してますね。1936年には、アカデミー特別賞を受賞しています。
 
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師弟関係な映画監督や親子関係な映画人達

ワイルダーならどうする?映画監督がある映画監督を慕い尊敬するというのはごく自然なことでしょう。
ある監督の作品を観て、感動し、自分も映画監督を志すようになるなんてエピソードはおそらく数え切れないくらいあると思います。
 
そして、それは映画を観る際にも知っておくと役に立ちます。
 
というのも、例えばビリー・ワイルダーという監督の映画を観てお気に入りの1本と出逢ったとします。
 
それからしばらくはワイルダー作品の映画を観ていけば楽しめますが、やがてはワイルダー作品をすべて観終わってしまいますよね。
 
そこで今度はワイルダーが師匠として仰いでいたエルンスト・ルビッチ監督の作品を観てみると・・・必ずと言っていい程の高い確率であなたのお気に入りの1作とめぐり逢えるはずなんですね。
 
だって、あなたが好きな監督が尊敬していた師匠の映画なんですから♪
 
こんなふうに、監督が尊敬していた監督や、師弟関係にあった映画人達のつながりを知れば知るほど、あなた好みの映画作品が見るかりやすくなり、より幅広い作品達と出会えるというわけです。
 
では、まずは一番有名な師弟関係と言えば、やはり今挙げたビリー・ワイルダーとエルンスト・ルビッチでしょう。ルビッチが師匠の方です。
 
ルビッチはとても有名な監督なのですが、時代が古いからか、それとも何か違う理由からなのかわかりませんが、なぜか日本での認知度は0に近いです。よほどの映画ファンでもない限り、普通の人は名前を聞いたこともないというのがほとんどみたいです。
 
しかし、マリリン・モンローのことはいくら日本人でも知っているでしょう。そのマリリンとよく組んで一世を風靡した映画を作っていたのがビリー・ワイルダー監督です。
 
「七年目の浮気」や「お熱いのがお好き」はかなり有名な映画ですし、「アパートの鍵貸します」などはアカデミー賞を受賞した作品です。
 
そのビリー・ワイルダーの仕事部屋には「How would Lubitsch have done it?」というサインが飾られていたようです。日本訳するなら「ルビッチならどうする?」ですね。
 
ワイルダーにとってルビッチはアイドルであり、かつ、メンターでした。実際にワイルダーは「青髭八人目の妻」や「ニノチカ」など有名なルビッチ監督の名作映画で脚本を担当して一緒に仕事をしています。
 
そしてその言葉をもじって「ワイルダーならどうする?」という題名をつけられている有名な本があります。
 
それは、キャメロン・クロウというこれまた有名なアメリカの現代の映画監督が憧れだったワイルダー監督への2年にもおよぶインタビュー本です。この邦題となっています。現代は単に「Conversations with Wilder」です。
 
さらに余談ですが、日本の有名な映画監督の三谷幸喜さんもワイルダーが大好きでテレビ番組で実際にワイルダーへ逢いに行き「私ならこうする。ワイルダー」というサインをもらっていました☆三谷幸喜さんの映画「ザ・マジックアワー」のセットはワイルダー作品「あなただけ今晩は」の町並みをオマージュしているそうです。
 
僕はワイルダーの映画を初めて観て、感激し、その後ルビッチを知りルビッチの映画を観てさらに感激しました。ワイルダー作品が気に入った人ならきっとルビッチ映画もお気に入りの1本になる可能性は高いと思いますよ♪
 
ちなみに、そんなドイツの映画監督ルビッチをハリウッドに招待した女優は、「アメリカの恋人」と歌われ女性で初のドル箱スターとなったメアリー・ピックフォードです。彼女は後にチャップリンらとユナイテッド・アーティスツという映画会社を設立する人物です。
 
後にメアリー・ピックフォードと結婚するダグラス・フェアバンクスと彼女の2人にも実はメンターがいて、それが「国民の創生」などを作り出し、映画の父と呼ばれていたD・W・グリフィスという映画監督です。
 
チャップリンが好きなら、メアリー・ピックフォードやダグラス・フェアバンクスらの出演している映画やグリフィス監督の作品を観ても楽しいかもしれませんね♪
 
話をぐっと現代に戻してみましょうか。最近ではよく聞くコンビとしては俳優のレオナルド・ディカプリオと映画監督マーティン・スコセッシのコンビですね。マーティン・スコセッシ監督は「タクシードライバー」「レイジング・ブル」で有名な監督で昔はよくロバート・デ・ニーロと組んでいました。
 
最近は「ギャング・オブ・ニューヨーク」「アビエイター」「ディパーテッド」「シャッター・アイランド」でディカプリオを主演にして映画を作っています。ちょっと暴力的な描写が多いので僕個人としてはあまり好きな監督ではありませんが、ディカプリオが好きなので一応ほぼ見ています(笑)ディカプリによるとスコセッシ監督からはいつも撮影前に参考になる古典映画を薦めてもらって観ているので勉強になるとのことです。
 
アイドル的な存在から、演技派・実力派の俳優として認めてもらいたいと思っているディカプリオが組むにはたしかにもってこいの監督と言えますね。
 
スコセッシ監督と親交のある有名監督としてはスティーブン・スピルバーグが挙げられますが、スピルバーグは黒澤明監督を大変評価していて、一緒に映画作品「夢」を制作したりもしています。ちなみに、最も影響を受けたのはウォルト・ディズニーだと公言しています。
 
ということは、スピルバーグ監督作品が好きな方は黒澤明監督作品や、ディズニー作品も観て見るとまた違った発見があるかもしれませんね☆
 
こんな風に監督同士、俳優と監督のコンビなどを観ていくとかなり好みの幅が広がります。さらには映画史について学べるばかりか、作中に隠された監督のちょっとした遊び心というかオマージュのようなものまで発見できるようになり、より映画を楽しめます。どうぞ、ご自分のお気に入りの1本から枝葉を広げていってみてください♪
 
さて、今度は親子そろって映画人という方達の話をしましょう。
 
ナショナル・トレジャー父親が映画スターでその子供も映画人ということはよくある話です。僕としては結構親子共演を見たりするが好きだったりしますし、何か血筋のようなものを感じられて結構肯定派なのですが、親がスターだと子供は結構苦労するでしょうね。常に比べられたり、コネを批判されたりするでしょうから。
 
ちなみに、日本でも有名な俳優親子がいますね。三国連太郎さんと佐藤浩一さん親子を知った時はビックリしたものです(笑)。ハリウッドですぐに思いつくのはドリューバリモアという有名な女優が代々のハリウッド俳優一家だということです。祖父はジョン・バリモア、大伯父はライオネル・バリモアという大スターの家系に生まれています。
 
また、ニコラス・ケイジという俳優も叔父に映画監督のフランシス・フォード・コッポラ、いとこにソフィア・コッポラがいたりします。あとドラマや映画で親子共演しているシーンをよく見かけるのは、チャーリー・シーンとマーティン・シーン親子ですね。彼らは本当によく共演しています(笑)映画「ウォール・ストリート」やドラマ「スピン・シティ」等で観れますのでぜひご覧になってみて下さい。どちらもオススメ作品です☆
 
また、あまり仲のよくなかった、というかほとんど絶縁状態だった親子が最近和解したなんてニュースもあって、それがブラピのパートナー女優アンジェリーナ・ジョリーと父親のジョン・ヴォイトという俳優です。また、ケイト・ハドソンという有名なロマコメ女優の母親も女優で女優ゴールディ・ホーンという有名なスターでした。ごく最近ではウィル・スミスの息子も映画デビューを飾っていたりしますね。「幸せのちから」では親子役で共演していました。
 
親子ではないですが、遠縁にあたるということで面白いのは女優のリース・ウィザースプーンはアメリカ独立宣言署名者ジョン・ウィザースプーンの子孫にあたるそうですし、なんとあのトム・ハンクスはエイブラハム・リンカーンと遠縁だそうです(リンカーンの母親ナンシー・ハンクスの曾祖父の兄弟がトム・ハンクスの先祖で8代前)。
 
こういうつながりから期待するのは、親子共演や豪華なキャストの実現です。普段はありえないような額のギャラを払わないと実現しないような顔ぶれが親子同士だからとか、友情出演などの形で実現するのは映画ファンとしてはたまらなく嬉しいですね☆
 
 
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